六月号
   春小雪       辻 桃子


      三月十一日津軽句会酸ヶ湯 七米の雪
雪深く来て宿の灯の暗きこと
ずらと脱ぎ橇のごとくにスキー靴
正面に志功の書あり深雪宿
神と書き志功の書なり雪の山
湯治部の廊迷路なし氷柱宿
自炊部の雪の噴井のこんこんと
太々とつららやこちら露天の湯
天井に湯気渦巻くや春湯治
翡翠なす出湯に入れば斑雪(はだれ)(やま)
雪の湯の湯気にも雪のにほひかな
点々と爺の頭や出湯の春
玉の湯に(おきな)(おうな)や雪の果
遠山の雪崩ながめて外湯かな
昼も夜も夜半も雪見て湯治かな
出湯出し赤き背中や笹起きる
落し湯の湯気立つてゐる雪間かな
倒れをるやうに褞袍(どてら)の脱がれある
山眠る盆に徳利をぎつしりと
一皿は氷湖の底のさくら鱒
寒稽古あらひざらひを出したまへ
おしづかにとて湯治部の雪の夜
朝寝して三日湯治もよかりけり
  










三文出汁茸(さもだし)の汁もうれしく木の根開く
新雪を踏みしめ行けば地獄沼
凍雪に粉雪つもり氷りけり
ギギギギと電柱を鷹発ちにけり

      八甲田ホテル
ボーイ出て払ひくるるや肩の雪

      悼 中小雪
別れとはまるでおもへず春小雪
生きて在りしこのつかのまを春の雪
春小雪ぞんぶんにふり止みにけり
汝が逝きし空の奥より春の雪
汝が逝きて春は遅しとおもひけり

      狭心症
一病を得しこの春も行きにけり
うぐひすやもう母住まぬ母の家
三月は花粉(ごも)りをいたしけり
雛檀に御座し疲れや雛納
こまごまと納めて雛の箪笥かな
からうじてぎりぎりにして卒業す

     
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