五月号
   この世の梅       辻 桃子

        麻酔覚め
なんとまあ両腕折れて山覚める
頭蓋骨少し欠けては冴えかへる
包帯をごろごろ巻かれ室の花

        安部元気曰く
壊れたる木乃伊(みいら)ロボット冬ごもり
達者でと言ひしに転び冬の果

        病室より
見下ろしてこの世の梅の白々と
順調な回復なれど春浅く
退院や種芋の芽に赤みさし

        母百歳
吾れ退院母入院や梅白く
退院の足が細りて日脚伸ぶ
春待つや包帯干せば飛ぶやうな
階段のげに恐ろしき鬼は外
たらたらと包帯ゆるみ福は内
やうやくに目に手が届き木の根明く
山水図屏風ひろげて雛の壇
雛壇や遠野箪笥のその上に
雛飾る羽箒に羽根たつぷりと
雛飾る近江はけふも雪飛ぶと

  
  












白梅に箒を持つて人立てり
あひにゆく吾がゆくなり梅林
小雪舞ふ中を来たるや雛の客

        迪子・乃布は
雛の客中学校の同級生

        中小雪は
文旦むく美輪明宏にあひきしと
これはもう恋ぞと割りて薄氷
うすらひの四方にひびの走りけり
鳥交む空にこの腕上がらざる
両手病み菜めしほろほろこぼしたり
草餅や盆も茶卓も津軽塗
あんこにも根性ありて草の餅
春雪や天のいづこをこぼれきし
地に吸はれ宙に吸はれて春の雪


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