「童子」6月号 「珠玉童子」より (選句・鑑賞/辻 桃子) |
キャンディーの缶より出すや紙ひひな 安藤ちさと 一句めは西洋風のお洒落な缶から紙雛が出てきたという。小さな驚きが書きとめられている。大切に仕舞っておいた現代のひな祭りの景だ。 |
燃え盛るらふそく恐し彼岸寺 堀なでしこ あまりにぼうぼうと炎が。彼岸寺ゆえに地獄の劫火のような。「恐し」という直なつぶやきに俳味が出た。 |
止まり木に足組む太宰桃の花 三橋浩二 若い頃は太宰は好きではなかったが、津軽に越して来てみて、しみじみと太宰が解るようになった。止まり木に足を組む写真が有名だが、この写真では、実によい顔をしている。 |
西行忌ほそくながくて片思ひ 大谷朱門 ずっとずっと、じっとじっと思ひ続けてをります。西行さまへ。 |
頂は風轟きて山覚める 椎名こはる 作者はもう山そのものになってしまっている。ああまだ眠っていたいのに、頂あたりは風も目覚めて、轟けば眠ってもいられん、と。こうして山は笑いはじめるのだ。 |
あをによし奈良の上巳の五色餅 吉田羽衣 「青丹よし」は奈良の枕詞。「上巳」は桃の節句。ふつう白、紅、緑の菱形に切った菱餅を供えるが、その日、奈良では五色の餅だという。きっと道教の名残だろう。 |
むつとして早寝したるや朧月 石井鐐二 なにがあったのか、むっとした作者は早々と寝てしまった。朧月のうつくしい夜ではあったが。 |
余が天地てふ子規庵や蕗の薹 高橋晴日 根岸の子規庵を吟行した句が多く見られた。ささやかな春を知らせる蕗の薹は、子規の頃もその小さな天地にみることができたのだろうか。 |
四庵さんの姉は年が離れていて、母のかわりになってくれたと聞いている。それを知らずともこの淋しさはぐっと胸をつく。 |
異例なる吹雪に籠り二月尽 大槻独舟 この冬は例年になく雪が多かった。「異例なる」と生の言葉を少々乱暴に使った句だが、それが乱暴なほどの吹雪を思わせる。 |
白とても白に翳りや梅寒し 荻野おさむ 白梅にほんの少し薄紅を見つけた、という句はよくある。だが、白にも翳りがある白があると発見したのが、いかにも白梅らしい。 |
吾は姉姉は母追ひ草摘めり 笠原風凜 自分の前に姉、姉の前には母。それぞれに追いかける。摘み草の景色。 |
窯町に嫁して幾年桃の花 神谷つむぎ 焼き物の窯元がある町。そこへ嫁にきて幾年もたった。すっかり馴染み自分より後に来た人もふえたが、やはり自分は余所から来た者だと感じたのだろう。「桃の花」の季語が優しく感じる。 |
麦踏の夫婦や畝を行き違ひ 石井渓風 あっちから妻が来て、こっちからは夫が来て。麦踏がまるで古代の歌垣のように。来てはまたすれ違って行く。 |