珠玉ピックアップ
「童子」4月号 「珠玉童子」より (選句・鑑賞/辻 桃子)
 

  嗚呼スワンボートの(かうべ)見ゆる寒       佐藤明彦

 蕭条と枯れ果てた池だ。白鳥型のボートが並んでいる。こんな寒い日には乗る人もいない。「嗚呼」強い吐息によって、凍てつく白鳥の白い首を見ている作者の凍てつく首まで見えてくる。

  口上を述べつつ傀儡(くぐつ)出しきたる       下泉 暁

 四国に伝わる正月の招福行事傀儡を詠んでいる。傀儡師は門に着けばもう口上を述べはじめ、述べつつに箱から木偶人形を取り出してくる。そのていねいな描写こそ写生の芸というものだ。

  初雪や三番叟(さんばんさう)の鈴響き            下泉 紬

 四国でも一月には雪が降るのだ。三番叟は演目の初めに演じられる。鈴が響いて、さて今年がはじまりまする。

  はッよッと合ひの手入れて木偶廻し     石川 妙

 傀儡師のことを木偶(でく)廻しともいった。「はッよッ」の写生に臨場感がある。

  和紙和綴じ「浦島太郎」初草紙       長澤ゆふみ

 私の「浦島太郎」だろう。こう詠んでいただき有難い。島根の手漉和紙、もう何人もいないという媼の手製の和綴なので百冊しか作れなかった貴重な表装だ。「初」に淑気があふれる。

  松過やまた金策に走らねば         井ケ田杞夏

 波多野爽波は金や金策といった俗なことにも俳句の題材を求めた。この句は「松過」でそんな題材を俗に流れず上手く言い留めた。

  歌舞伎座へ三番出口初駅(はつうまや)         飯田閃朴

 「初駅」という古い季語がよく効いている。新しい歌舞伎座にはまった。

  寒紅の女四人や饒舌な           佐藤 信

 夏目漱石の「明暗」では、登場する女たちの長いせりふが印象的だ。そんな小説を連想させるのは「寒紅」という季語の力だ。

  グラバーのワイフのツルも淑気かな    佐藤泰彦

 新年句座始の長崎グラバー邸吟行の句。大勢がこのツルさんのことを詠んだが、カタカナがどっさりつづくこの句が断トツに淑気を感じさせた。

  髭ぬくしシーボルトにもグラバーも     堀内夢子

 こちらもカタカナの名を二つ並べて、二人の髭の容貌が鮮明になった。ぬくとき気分。

  臘梅や禰宜は家付き娘なる         佐藤千鶴子

 近年は女性が禰宜になることもある。その禰宜が家付き娘だと言った視点の面白さ。今月号には〈お社務所の女宮司に御慶かな 根岸かなた〉もあった。

  賀状書く二日の夜も一人居で        滝沢水仙

 「二日の夜も」ということは一日もということだろう。一人居ながら書く賀状の数は多いのだ。

  熊皮の冷たき目玉踏みもして        藤井なづ菜

 古いお屋敷の熊皮の敷物を踏んだら、目玉がひんやりとしていた。ちょっとギョッとし、それを踏んでしまうなんてとクスッとする。

  百歳が卒寿はげます初電話         吉田小次郎

 私の百歳の母も「卒寿はまだ若いわよ」と励ましたりしている。

  吐く息の白きが風に吹かれたる       音羽紅子

 凍てた空気の中に白い息が棒の様に吐き出される。一吹きの風が来るとその息がさっとゆれる。シャッターチャンスだ。それを見逃さなかった。

  箪笥から母のしぼんだ毛皮かな       大野勝山

 買った時は高価なものでした、それが今では。毛皮であることで、生き物としてしなびたようで衝撃的。

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