珠玉ピックアップ
「童子」 2月号 「珠玉童子」より (選句・鑑賞/辻 桃子)
 



里いもの煮つころがしも憂国忌        うな浅黄

 今月唸ってしまった一句だ。「煮つころがし」という何とも庶民的な言い方に、ごろんとばかりに「憂国忌」がくっついている。「憂国忌」はご存知、三島由紀夫の忌だ。天下国家を憂えて自決した三島とは何の関係もないような煮つころがしだが、煮つころがしを食べながら自衛隊のことでも議論しているのかしらん。里芋の煮つころがしがこの国を憂えていると読んでみたらちょっとたのしい。私も今年の三島忌に一句作った。
  〈三島忌や由紀夫爽波は水泳部 桃子〉
 三島も爽波も学習院の水泳部。爽波が俳句部を作って二人とも俳句もやっていた。爽波の俳句が突出してうまかったので、三島は諦めて小説に向かったのだと聞いたことがある。

散策の犬は犬見て暮の秋        ひろおかいつか

 「散策」の入り方が堅いのが残念。やさしく「引かれゆく」くらいにしたらもっと良い。人は人を互いにちらっと見て、犬は犬で互いにじろりと見て行き過ぎる。時々は見ただけで吠えかかるのもいる。どっちにせよ秋も終わり、人も犬もいづれ短い命を終える暮の秋だ。

込み合へば人に匂ひや夕時雨         滝ノ川愛

 電車の中か劇場か、銭湯やバーゲンセールか。人込みには、はっと匂いが立つ瞬間がある。時雨のすぎる夕べの湿り気を鋭くつかみ取っている。

温め酒ひとりで酔うてひとり醒め       井上明未

 ひとりで酔った、という酒の句はよくあるだろう。だが、「ひとり醒め」まで写生した句はない。ハッとした。醒めるとそこにひとりのひりひりするような自分が居る。



雨を来し人にあまねく秋燈          増田真麻

 お客さまはこの雨の中をやって来た。家中の電燈をみんな点けてお迎えする。雨夜の外の暗さと内の明るさがまぶしい。

波郷忌の敷布新たにいたしけり        依田 小

 敷布は定期的に取り替えているのだが、ふと、そういえば今日は波郷忌だ、と。「今生は病む生なりき」と詠んだ波郷の哀しさが思われて、目にしみるような敷布なのだ。

柿食ふや夫は身知らず吾は富有        飯塚萬里

 夫は「身知らず柿」を、私は「富有柿」を食べた、ということだけなのだが、なんだか、夫妻の性格などが思われたりしてたのしい。

鐘楼にもの干してあり返り花         上原和沙

 同時作に〈柿つつく番鴉や阿弥陀寺〉の句があるので、山の寺だろう。寺の大事な鐘楼に、洗濯物などが無造作に干してあった。鄙びたところが懐かしい。

インバネスきつちり召され恩師なり      飯塚千寿
水牛の厚き釦やインバネス        コスモメルモ

 この恩師、何の先生だったのかは書かれていない。が、「きつちり召され」の描写で、なにか堅い学問かな、と思わせる。片や水牛の句は、インバネスに付いている釦のことしか言っていない。さぞ厚く重い布地なのだろう。水牛の大きな体と角が目に浮かび、着ているのも水牛のような体躯の人かと思わせる。「インバネス」は、とんび、二重廻しともいう古い外套、あまり見かけなくなったが、まだまだ描写できる句材だ。



霜降の夜の電話や会ひたしと         音羽紅子
霜降や豆電球のフィラメント         今泉如雲

 「霜降」は「しもふり」などと読んではいけない。二十四節気の一つで、太陽暦の十月二十三日頃に当たる。急に寒くなって、北国では霜も降る頃だ。こんな冷え込んだ夜に、電話で「会いたい」と言ってくる人。作者の方はあいたいのかどうか。「逢いたい」でないところが問題。見れば机上のスタンドの豆電球に幽かにフィラメントがふるえている。ぶるる。うー、寒む。いよいよ霜が降るにちがいない。

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