珠玉ピックアップ
「童子」 9月号 「珠玉童子」より (選句・鑑賞/辻 桃子)
 




植松孫一(まごいち)の声がどこかに夏の航        佐藤明彦

まごさんと呼ばれし人や梅雨の月       城野三四郎

黒南風にまごさんのこと島のこと       増田真麻

遠雷や孫一さんはまう居らず         小林さゆり

 植松孫一さんが亡くなった。二十五年ほどを「童子」に投句されてきた。新島の教育長だったので、私たちは何度も新島に吟行した。夜になると星空の下の浜へ出てみんなで唄を歌った。孫さんは「ちょちょんげの唄」を歌って、両手を「ちょうちょ、ちょうちょ」とひらひらさせて、「これは昔の夜這の唄だよ」といいながら踊った。豪快で繊細な詩人だったが、JICAのシニア海外ボランティアンとして、アフリカ・ジンバブエの戦災復興の手伝いに行っている頃に体調を崩された。夜明かしで島の歴史を語ってくれたあのたのしい話を忘れられない。孫さんからはたくさんの手紙と一冊の詩集をいただき、私は「岸壁の孫一」という詩を書いて贈った。今も孫さんは私たちの投げた太いテープの束を持って新島の岸壁に立ちつくしているのだ。泣きたいのをこらえている子供のような顔で。
   岸壁の孫一恋ふや梅雨に入る           桃子

夏蝶を地に打ちつけて潮風は         小川春休

もつれあひあはや水面に夏の蝶        梅田越前

 一句め、強い潮風に吹かれ、夏蝶は一瞬ひるがえって地に打ちつけられたのだ。二句めはもつれあいながら水面すれすれに落ちるかのような夏蝶。その危うい一瞬に思わず「あわや」と心の声を発した作者。二句とも蝶の動きを写生して蝶の命を鋭く掴んだ。




六尺をきつく締め合ひ宵祭         小早川忠義

 祭の裸男たちだ。互いに六尺(ふんどし)をきつく締め合っている。これから神輿を担ぎ出すのだ。勇み逸り立つ心がむんむんと沸き出す。「締め合ひ」の調子に、祭の景を超えて男同士の体のぶつかり合いまで伝わってくる。けだし忠義の男俳句の最高の出来だ。

鵜舟待つ歌舞音曲の舟も来て        堀 睦水

 いよいよ鵜舟の来る頃だ。待つ人の舟が幾艘も連なるところに歌舞音曲の舟が来る。「歌舞音曲」という言葉で、遊女(あそびめ)の舟が近づいてくる中世の遊び舟の世界に一気に連れて行かれるのだ。

神輿来る婦警鋭く目をくばり        佐野かすみ

 神輿がくるぞ、そこどいてどいて。ロープを張った道沿いで、婦人警官が笛をくわえ、白手袋で鋭く目を配る。波多野爽波ばりの鋭い景の切り取り方だ。

切り口の淡き緑も初なすび         加々美槐多

 丹精こめて育てた茄子の初成りだ。有難く切ってみれば、その切り口は淡き緑。この淡い緑ゆえに茄子の茄子紺が目にしみるように浮かび上る。たったこれだけの細部の写生こそ、俳句なのだ。

遠雷と言へぬ近さとなりにけり       熊本たろう

 遠くの方で鳴っているなと、少しうれしい気分でいたが、おや、次の雷鳴はこんな近くで。と思っていたらやにわに次は目の前の電柱に落ちたりして。「けり」と切った潔さがたまらない。




帰りには蜜豆と決め浅草寺         楠本たつゐ

 さっぱりした寒天と赤豌豆と黒蜜。あの店のね。いかにも江戸っ子、浅草寺。

北斎の描く浪めきて立浪草         加藤夢眠

 ほんと。あの文様のような立つ浪の花だ。

毛虫焼く川越夜戦火のごとき        大野宥之介

 北条と上杉などが戦った有名な合戦。「川越夜戦」と具体的な地名がよい。

水馬重なり合うて走りけり         井上すずこ

 あめんぼの浮かび方、動き方が見えてくる。たのしい。

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