珠玉ピックアップ
「童子」 7月号 「珠玉童子」より (選句・鑑賞/辻 桃子)
 




母おぼろベッドの端におはしては     草野ぐり

 母がベッドの端に居るとい言うだけのことだが、「おはす」と敬語を使い、「おぼろ」としたことで、母がもう半分この世を離れ、非現実の世界を漂っているような感がある。「月おぼろ」「草おぼろ」「鐘おぼろ」などと使うが、「母おぼろ」とは初めての使い方だ。

突き上げし(ばち)うちそろひ阿国の忌     二川はなの

 たくさんの踊の桴が突き上げられた。いままさにうち揃った。出雲阿国の忌日にふさわしい句。

春暖炉壁画に仏おはします        宮堂遊朗

 「炉」は和風の感じだが、「暖炉」というと壁炉として洋風の感じがする。その洋風の春の室内の壁画に仏。このミスマッチに優雅で豪華な雰囲気が醸される。同時作に〈凝りにこる唐の造作(つくり)夜香蘭(ヒヤシンス)〉。

清明や草々の名の明らかに        小林タロー

 「清明」は春分後十五日、太陽暦の四月半ば。草々は出揃って萌え、芽の時は何の草かわからないものもあったが、今やその名も明らかに。「清明」はイメージのつかみにくい季題だが、この句はいかにも清明な景が見えてくる。

大いなる焼野や観光バス着きて      黒田こよみ

 「焼野」は早春に焼いた野だ。農業や牧畜、屋根を葺く萱を採るための作業だったが、今は似つかわしくない観光バスが着いた。唐突な現代の焼野。




あたたかや海に浮かびて此花区(このはなく)     松本てふこ

 「此花区」は大阪市の区。古今集に<難波津に咲くやこの花冬ごもり今は春べと咲くやこの花>とあり、梅の花をさす古歌に因んだ名だが、実際は埋め立て地に空港のある土地。古くゆかしい名と浮島のような埋立て地のギャップを詠んだ。

春荒(はるあれ)や三時にやつと日の差して     奥出あけみ

 ドイツに居る友人が「冬は昼間も暗く、春になると三時ごろやっと日が差すの」と言ったのを思い出した、そんな春荒の一日だ。早春の津軽では、三時には暗くなってくる。

守り来し掟やぶりて大朝寝       藤野チエ

 世の中には、法律ではない掟があるものだ。古い土地、古いものを守っていく人がいるところには必ずある。でもそれを破るのだ、今日こそは朝寝するのだ、という作者の意思が「大」という言葉から伝わってくる。

佐渡汽船さくらの岸を離れけり     田代草猫

 自分が佐渡へ島流しに遇うわけではないけれど、汽船が岸を離れるとなぜか哀れを誘うのだ。

上りきて一舟見ゆる松の花       夏秋明子

 松の花が咲くあたりまで上ってきた。振り向けば沖には舟が見える。ほっと一息つくのがよくわかる句。




春愁ややけに明るき燐寸の火     石黒浮木

 ああ、春愁とはこうなのだ。ともしたマッチの火さえ明るく見える。何もかもがやけに明るく、自分一人が暗く見えるのだ。

すれ違ふ湯治の客や朧月       小林さゆり

 すれ違ったとたんに出湯のにおいがし、からだから湯気が立つあたたかさが伝わってくる。ざっと着た宿浴衣で湯治客とわかったのだ。朧月の気分。

自転車のぬくきサドルも春愉し    飯塚萬里

 そのぬくきサドルに作者は今跨っているのだ。読み手のお尻もぬくくなるような愉しさ。

水に色なき水色や春の川       加々美槐多

 川の水は水色、と思って見ると、何とも色のない水だ。いかにも春の曇天の下。それもまたの川の水の色なのだ。

夜桜や神楽坂まで足のばし      岩﨑月兎

 神楽坂、この地名がいい。小粋な姐さんに逢えるような。

花満ちてうすき日暈のかかりたる   岩本 桂

 太陽の囲りに薄い光の輪が。まるで一幅の日本画のよう。

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